父親から譲り受けた古銭、1円銀貨。明治時代の「1円銀貨」は、大きく分けて「旧1円銀貨」、「新1円銀貨」、「貿易銀」、「丸銀」の4種類。
父親のコレクション中にあったのが「新1円銀貨(大型)」(明治7年)。その1枚の銀貨の買取り価格に驚きました。
永年、父親がコレクションしていた古銭だったのですが、数年前に父親から譲り受けました。しかし私には、古銭についての知識・価値などなく、あまりわかりませんでした。
ただ家で眠らせておくだけなのも、もったいないと思い、古銭買取り店の方に相談、査定していただきました。その査定の中で、銀貨などが高く評価されたようです。
買い取り店の方のお話では、1円銀貨は明治時代の始まり1871年(明治4年)、新貨条例で新しい貨幣単位「圓(円)」が採用されたことをきっかけに発行された貨幣です。
「1円銀貨」には、大きく分けて「旧1円銀貨」、「新1円銀貨」、「貿易銀」、「丸銀」の4種類があります。
「旧1円銀貨」は、1870年(明治3年)、使用目的を貿易のみに制限した1円銀貨です。
この国内では流通しなかった銀貨のことを「旧1円銀貨」と呼びます。
製造期間は1872年(明治5年)までと短く、国内では流通していませんでした。
「新1円銀貨」、は1871年(明治4年)に発行されました。
発行年によって、「新1円大型銀貨」と「新1円小型銀貨」の2種類のサイズがあります。
「貿易銀」は、1875年(明治8年)から1878年(明治11年)の期間には、貿易用に特化した銀貨である「貿易銀」が発行されました。
「一圓」という額面はどこにも書いていないのですが、デザインの類似などから1円銀貨の1種とみなされました。
「丸銀」は、1897年(明治30年)の貨幣法施行によって日本国内での1円銀貨の通用は停止されましたが、台湾や朝鮮外地のみで通用する特殊な1円銀貨を発行しました。
丸に銀の刻印がされたことから、通称「丸銀」と呼ばれました。
今回、父親が古銭のコレクション中にあったのが「新1円銀貨(大型)」( 明治7年 )です。
新1円銀貨は若干の直径の違いから大型と小型に分け、明治7年から明治20年までが大型となり、それ以降の小型と比べ現存数は大型のほうが断然希少といいます。
その大型の中でもこの明治7年は現存数が少ない年号ものだそうです。
古銭コレクターからも高い人気があり、古銭の買取市場でも活発に取引されるポピュラーな古銭の1つとなっています。
価格は10万円ぐらいだそうです。
買取りしていただいたお金で父の好きなものを選び、プレゼントしました。
記念硬貨・記念コイン・金貨をはじめ、売りたい方や買い取りのご相談をしたい方、高価買い取りのことならお気軽にお問い合わせ下さい。
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