
フィンランドといえば、まず思い浮かぶのは「サンタクロース」や「ムーミン」などのキャラクター、そして「オーロラ」や「サウナ」といったワードではないでしょうか。また、フィンランドは「森と湖の国」という自然豊かなイメージや、幸福度ランキングで常に上位にランクインする国でもあります。では実際はどうなのでしょうか。まずフィンランドの歴史から紐解いてみましょう。

フィンランドは、2017年に独立100周年を迎えました。国内では地方自治体や観光スポット、多くの団体が連携してさまざまなイベントを企画し、大いに賑わいました。フィンランドは独立して100年あまりですが、その歴史は以下のように、大きく4つの時代に区分できます。
● 先史時代(12世紀まで)
● スウェーデン統治時代(12~19世紀)
● ロシア統治時代(19~20世紀)
● 独立後の時代(20~21世紀)
それぞれ見ていきましょう。
先史時代、フィン人の祖先は現在のロシア・ヴォルガ川周辺から移住してきました。これがフィンランド語が他の西欧語とほとんど関係がない理由とされています。8〜11世紀には、フィンランドには北部のサーミ人と南部のフィン人の2つのグループが存在し、さらに南部のフィン人はスオミ(西南)、ハメーンリンナ(南部)、カレリア(東南)の3つのグループに大きく分かれていました。
12世紀にはキリスト教が広まり、北欧十字軍がスウェーデンからフィンランドに侵攻します。その結果、フィンランド南部が征服され、スウェーデンがフィンランドの実質的な支配者となりました。その後、デンマークを中心としたカルマル同盟(14~16世紀)、スウェーデンを中心とするバルト帝国(16~18世紀)を経ても、フィンランドは常にスウェーデンの支配下にありました。
19世紀初頭、ロシア帝国とスウェーデンとの間でフィンランド戦争が勃発します。結果、スウェーデンが敗れたため、フィンランド全土がロシアの支配下となり、首都もトゥルク(Turku)からヘルシンキ(Helsinki)に移されました。
当時のロシア皇帝アレクサンドル2世は進歩的な君主であり、フィンランドの内政をフィンランド人に任せ、公用語としてスウェーデン語とフィンランド語の使用を許可します。そのため、フィンランド人はアレクサンドル2世を敬愛しながらも、自身のアイデンティティの問題に直面しました。
「我々はスウェーデン人には戻れない。しかしロシア人にもなれない。そうだ、フィンランド人でいこう」といった民族詩も公表されました。
しかし、ロシアによる支配が長引くにつれ、ロシアの締め付けが強化されてきたため、フィンランド人の反感が高まっていきます。第一次世界大戦では、フィンランドはロシアの前線基地となり、直接的には戦闘に参加しなかったおかげで、国力を温存することができました。
1917年にロシア革命が起き、フィンランドは12月6日に独立を宣言しました。 しかし、国民は貧困にあえぎ、状況が不安定化する中で、ロシア寄りの労働階級と西側の資本家階級との間で激しい対立が生じ、フィンランド内戦が勃発します。
内戦は西側の勢力が勝利し、フィンランドは安定を取り戻しました。その後、フィンランドは第二次世界大戦において、大国ロシアと二度にわたり大戦闘を繰り広げることになります。
国を挙げて重要な戦役に勝利したものの、多くの領土を失い巨額の賠償金を背負いながらも、ロシアを停戦に追い込み国の独立を確保しました。
冷戦時代と現代においては、西側世界に属しながらも、長大な国境を抱えるロシアとの関係を重視し、中立的な状態を維持しています。同時に、教育改革やIT革命により経済が発展し、世界的にトップクラスの福祉国家となりました。

フィンランドの主な産業は、伝統的な林業、製紙・パルプ産業、金属・機械産業に加え、最近では情報通信産業(ICT)が主導的な地位を占めています。また、バッテリー産業や防衛産業も成長分野として注目されています。
フィンランドは森林資源が豊富で、世界有数の針葉樹パルプメーカーであるメッツァグループを有しています。パルプ生産だけでなく、バイオエネルギーの創出にも貢献しています。
フィンランドには、ノキアのような世界的なICT企業があり、Linuxの開発など、ICT分野で高い技術力と実績を誇っています。近年では、情報通信技術を他の産業社会システムに活用する技術開発にも取り組んでいます。
フィンランドは、コバルト、ニッケル、リチウム、黒鉛などのバッテリー材料の生産国であることから、バッテリー製造・リサイクル技術も進んでいます。
フィンランドの農業は、寒冷な気候のため生産性は高くありませんが、酪農を中心とした畜産業が盛んです。
フィンランドは、伝統的な産業と先端技術産業の両輪で経済を支え、持続可能な社会の実現に向けて、様々な分野で躍進しています。

フィンランド・マルカは1860年にフィンランド銀行が導入したもので、当初はロシアの統治下での導入でした。1865年にルーブルとの定率交換が廃止された後は銀本位制となり、1917年にフィンランドが独立した際に金本位制に移行しました。
1940年に金本位制が撤廃されると、戦争の影響によってインフレーションが引き起こされ、フィンランド・マルカは1999年のユーロ導入決定までに、デノミネーションによる通貨の切り下げ、市場の自由化、恐慌など世界情勢の変化による多くの影響を受けることになります。

フィンランドにはアンティークコインが少ないのでが、その中で今後値上がりが期待されるコインをご紹介します。
直径21.3mm、約6.45gで21.6金の金貨です。フィンランド20マルカ金貨は、アンティークコインとしての価値を持ち、近年の金相場の大幅な上昇に伴い、今後も金貨の買取価格が上昇する可能性が高いと見られています。
そのため、もしこのコインをお持ちの方がいましたら、査定して現在の価値を知っておくといいでしょう。
フィンランドは、日本人がイメージする「幸せな国」とは程遠い歴史を歩んできたことがわかりました。しかし、数々の戦禍をくぐり抜けてきたフィンランドは現在、先端技術の分野で輝かしい実績を積み上げています。
買取専科 七福本舗